FC2ブログ

「犬ヶ島」(ISLE OF DOGS)

ー社会風刺と日本愛とー
2018年 独/米 ウェス・アンダーソン監督



ウェス・アンダーソンがそんなに日本が好きだとは、この映画の製作ニュースを聞くまで知らなかったのだけど、例によって黒澤や小津などの映画に刺激を受け、主に1950から1960年代の、黒澤の時代劇よりも現代劇の方に魅力を感じたという彼が、その独特のセンスで作り上げた近未来日本を舞台にした冒険ファンタジー。
トレーラーを見て想像された通りの映画で、全編見てもほとんど意外性はなかったのだけど、いかにもなウェス・アンダーソン・ワールドを楽しめたし、あちこちにちりばめられた5、60年ぐらい前の日本や日本映画へのオマージュにもニヤリとした。


近未来の日本と言いつつも、全体の雰囲気はかなりレトロチック。ウェス・アンダーソンの好みを反映した、彼の頭の中にある近未来の日本である。彼は黒澤の現代劇「酔いどれ天使」や「悪いやつほどよく眠る」などが好きらしい。あの辺の空気感を自分の映画にも取り入れたかったのだろう。


新しいものと古いものが渾然一体となっているのが日本の面白さらしい

高層ビルが林立し、わけても東京五輪に向けて整備が進みつつあり、どこもかしこも割に小綺麗になった今の東京に、外国人観光客の姿をけっこう見かけるが、東京など何が面白くて歩きまわっているのだろう?と不思議に感じることもしばしばである。
しかし、大都会東京の中のそこかしこに残っているレトロっぽさとチープなカオス、どこか郷愁を感じさせるアジアチックな空気感を、築地市場や上野のアメ横などに感じる外国人は多いらしい。ウェス・アンダーソンの中にある日本も、この感覚に近いものではないかと思われた。



物語はというと、
2038年の日本。ドッグ病が蔓延したメガ崎市では、小林市長が人間への感染を防ぐために、すべての犬を“犬ヶ島”に追放すると宣言する。やがて犬ヶ島に隔離された犬たちは、自分たちだけで生き延びることを余儀なくされ、空腹を抱えて辛い日々を送っていた。そんなある日、一人の少年が小型飛行機で島に降り立つ。彼は3年前に両親を事故で亡くし、親戚の小林市長に引き取られたアタリ。孤独な彼の悲しみを癒してくれた護衛犬のスポッツを救出にやって来たのだった。そして島で出会った個性豊かな5匹の犬たちの協力を得て、いざスポッツを捜す旅に出るアタリだったが…。(all cinema onlineより)

アタリ少年は飛行機に乗って島にやってくるのだが、足には鉄製らしい下駄を履き、日本語を話すものの、妙にたどたどしい。吹き替えをしているのは日米混血の少年コーユー・ランキン。このたどたどしさがまた、奇妙な味わいを醸し出している。基本的にこの映画の中では人間(日本人)は日本語を話し、犬たちは英語を話す、という感じで進められる。英語は便宜的に犬語ということにしてあるのだろう。なんでもかんでも字幕や通訳などが入ってくるとアメリカの客には受け入れられない可能性があるから。



犬ヶ島に隔離、廃棄された犬たちが主役の映画なので、犬の声は一癖ある名優たちがキャスティングされている。アタリの犬だったスポッツにはリーブ・シュライバー、孤高の一匹狼ならぬ一匹犬チーフにはブライアン・クランストン、リーダーシップはあるが、必ず多数決で物事を決めるレックスにはエドワード・ノートン、高校野球チームに飼われていたマスコット犬だったボスにはビル・マーレイ、いつも綺麗にトリミングしてもらい、バランスのとれた食事を与えられていたというデュークにはジェフ・ゴールドブラム、という具合である。



その他、ワンポイント的に登場する犬たちで、F・マーリー・エイブラハム やティルダ・スイントンも参加している。チーフはとてもいい声だな、と思ったけれども、犬の声がどの俳優かなどということは前知識を入れていかなければ全くわからない。あとでチェックしてみてビル・マーレイが犬の声を出していたのか、と驚いたぐらいである。ただ、セクシーなメス犬ナツメグの声はスカーレット・ヨハンソンであることはすぐに分かった。ハスキーでコケティッシュ。聞き間違えるはずもない。そしてこれは実にぴったりなキャスティングだった。


スカヨハの声がぴったりだったナツメグ

汚れて痩せて、誰とも群れずに一匹で厳しい島の生活を生き抜いてきたチーフが、このショードッグだったセクシーなナツメグと出会って心に焔が灯るシーンは、焼け跡の闇市で孤独にうろつく「酔いどれ天使」の三船演じるヤクザが妖艶な木暮実千代演じるホステスに心を動かされるシーンを見ているようでもあるが、ナツメグは木暮実千代のホステスと「野良犬」の淡路恵子演じるショーガールを掛け合わせたような雰囲気だろうか。ナツメグとチーフが出会うシーンのBGMには「酔いどれ天使」のギターによるテーマ曲が流れる。それがとても雰囲気に合っている。思わずニヤニヤしてしまうシーンである。(この曲はいわゆる「人殺しの唄」とは違う、冒頭に流れる曲である)

ウェス・アンダーソンが「酔いどれ天使」から受けたインスパイアは、映画のそこかしこに、そこはかとなく漂っている感じがする。荒廃した犬ヶ島は戦後すぐの、廃墟のような東京のイメージに重なる。その中でたくましく生き抜く痩せて汚れた野良犬たちは、敗戦から立ち上がろうと奮闘したかつての飢えた日本人を想起させなくもない。
また、アタリのもとに団結して、彼の犬スポッツを探そうと結束する野良犬たちは「七人の侍」にも重なるわけで、彼らが団結して探索の旅に出る時や、市長のさしまわしたメカドッグと戦うシーンでは、当然のことながら「七人の侍」のテーマ曲が流れる。ふふふ、という感じ。随所に早坂メロディが効果的に挿し込まれている。

犬たちを排除、駆逐しようとする小林市長のキャラは三船に似ているとよくあちこちに書かれているが、うーん、そうかな。まぁ、そうかもしれないがいろいろなイメージの複合ではないかと思う。外見的には「グラン・プリ」の三船をごつくして悪辣にしたような感じかな、と思うけれども、市長の声が高めの薄い声だったので、あまりキャラに合わなかったのもあり、余計に三船チックではないな、という印象だった。市長の顔だちなどは渡辺謙に似ているような気もした。その渡辺謙もどこかで声を出していたが、どこだったか忘れてしまった。ワンポイント出演ではオノ・ヨーコも被害者キャラの女性役で声の出演をしていた。声だけ聞いていると割にかぼそくてマトモな声だった。それ以外にも友情出演のような感じだろうか。フランシス・マクドーマンドやハーヴィー・カイテルなどがちらっと声の出演をしている。

本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲り、IMDbでも8.1の高評価である。商業的には国際的にそこそこヒットぐらいな感じだろうとは思うが、いかにも欧米人の好きそうな日本のイメージが連ねられている。けれど、ウェス・アンダーソンは日本の観客にこそ見てほしい、そしてどういう感想を持つのかとても知りたい、とインタビューで語っていた。
広く一般受けはしないだろうと思うけれども、ウェス・アンダーソンのキッチュな世界観が好きな人には、あまねく愛おしく感じられる映画だと思うし、アタリ小年はともかくも、犬たちはみな確実に健気でかわいい。そして、パペットアニメーションであるからには、あれらを1コマずつ動かして映画を作っていったのかと思うと、その労力には完成した映画を見ているだけのこちらも気が遠くなるような思いである。しかし、労力はさておき、ウェス・アンダーソンは自らが作りたい世界を作りたいように作ることができて、とても充実して幸せだろうな、と感じる。



いま現在のアメリカも日本も、何やら息苦しく、不都合なことが多く、意図しないところで勝手にいろいろなことが決められてしまうことに不快感や閉塞感を感じている人は多いだろう。このまま放置しておいていいのか。ロクでもないことになりつつあって、取り返しがつかなくなってやしないか…そんな世相への社会風刺的な部分と、日本文化をキッチュな視点で切り取って提示してみせたアンダーソン的日本観を楽しみつつ、健気な犬たちの奮闘と、ユーモラスな会話にニヤリとし、そしてあちこちにちりばめられた日本映画へのオマージュを感じ取る…それが「犬ヶ島」という映画の楽しみ方なのだろうな、と思った。


独特だが、どこか郷愁を感じさせる世界観


余談だが、冒頭と末尾に登場する神社の神主が、「乱」の仲代達矢に似ている気がした。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する