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「MIFUNE: THE LAST SAMURAI」

−せっかくなのに勿体ない仕上がり−
2016年 日本  スティーヴン・オカザキ監督



松田美智子が書いた、三船敏郎の初の評伝である「サムライ 評伝 三船敏郎」(2014年 文藝春秋刊)をベースに作られたドキュメンタリー映画。
この映画の存在を知った時から日本での封切りを心待ちにしていたが、このほどついに封切られたので有楽町のスバル座で鑑賞してきた。


冒頭は日本映画におけるサムライ映画の変遷という切り口で、戦前の古い古い日本のチャンバラ映画が紹介される。
三船敏郎はチャンバラだけの俳優ではないし、この古臭い昔のチャンバラ映画の紹介部分は何やら奇妙な感じがした。目玉の松ちゃんの児雷也だの、阪妻やアラカンのモノクロの無声映画が、三船登場以前の侍映画(チャンバラ映画)として紹介されていた。それはそれでいいのだが、三船登場前と登場後で何がどう截然と変わったのか、がハッキリと分からない。ただリアリスティックになったとナレーションで伝えるだけで、具体的にこういう部分の演技や描写が違ったのだ、という検証が入っていないので、昔のチャンバラ紹介はあまり意味がなく感じた。アラカンや阪妻のチャンバラ、特に阪妻のチャンバラには迫力があったと思うので、三船と対比するなら、東映の戦後の時代劇群−きんきら衣装で日本舞踊のような殺陣をみせる時代劇−と、黒澤ー三船の時代劇の違いをもっと分かりやすく伝えるべきだったのではなかろうか。

せっかく三船敏郎を掘り下げたドキュメンタリー映画なのに、残念ながら編集が非常にまずい。三船ゆかりの様々な人にインタビューしているのだが、そのインタビューの切り取り方があまりにも下手な箇所が多々あって、ワタシは三船ファンで松田美智子の評伝も読んでいるので何を言っているのかわかったが、そうでない人が見た時に、一体この人はなんの話をしているんだろう???と思ってしまう箇所がけっこうあったのではないかと思う。黒澤ー三船の回顧談となるとかならず出てくるスクリプター野上照代のインタビューが今回もあったけれども、ブツブツと切り取って挟まれる彼女の談話があまりに断片的に切り出されているので、そのぶっきらぼうな口調とあいまってかなりわかりにくかったと思う。また役所広司の間抜けな談話は完全に不要だった。

インタビューの中で「おお!」と思ったのは、マーティン・スコセッシのさすがの考察の数々と、土屋嘉男の思い出話や三船という人物への感想だった。「三船さんは我慢の人だった。(黒澤組の仕事では)僕なんか愚痴ばかり言っていたけど、あの人は黙ってじっと何時間も我慢するんだよね。それはもう、本当に凄かった」と。インタビュー撮影時、すでに体調を崩していたのか、かなり衰えた様子の土屋嘉男だったが、撮影所で三船と休憩時間をブラックジャックに興じながら過ごしたことや、素顔の三船についてちょっと語っていた。土屋嘉男のインタビューがあって良かったとつくづく思った。
土屋嘉男とともに三船に心酔していた夏木陽介のインタビューも勿論あった。黒澤映画に脇で出演していた加藤武のインタビューもあった。また、初代「ゴジラの中の人」である中島春雄がその他大勢の斬られ役で「七人の侍」に出演していたことなどを語っていた。本作が出来てから日本で公開されるまでの2年の間に、土屋嘉男も夏木陽介も加藤武も中島春雄も亡くなった。映画の末尾に彼らへの弔意が表されていたが、本当にギリギリのところでインタビューが間に合ったのだな、と思う。
スティーヴン・スピルバーグもインタビューに答えて三船および黒澤映画について早口でけっこう語っていたが、ワタシはスコセッシの考察ほどには感銘を受けなかった。

香川京子と司葉子は共演女優として頻繁にインタビューを受けているので、今回登場していても特に目新しい感じはなかったが、「宮本武蔵」シリーズでお通を演じた八千草薫が登場したのは新鮮だった。インタビューの内容的には特にどうということはなかったけれど、八千草薫は未亡人になっても、齢90に近づいてきても八千草薫のままであることに、何かとてもほっとするものを感じた。

三船の生涯としては、満州で写真館の息子として生まれ、二十歳で徴兵されて軍隊生活と戦争を経験し、終戦後に除隊して日本に戻ってきて、カメラマン志望で東宝に願書を送り、それがニューフェースに回されて、食べるために俳優の道を進むことになる。その後は黒澤との出会いでたちまちスターとなり、世界的な名声を得て、順風満帆かと思ったら、映画が斜陽になり始めた頃に東宝が映画製作をやめ、映画会社を作れと三船に要求し、三船プロダクションが設立される。当初は大成功したが、広大な撮影所とスタッフを維持するために、社長自らが休みなく出演しつづけなければならなくなった。
そして壮年期の三船を襲った女性スキャンダルについても紹介されていた。これが決定的に三船のイメージを損なってしまったことも言及されていた。が、この女性スキャンダルに続いて腹心の部下の裏切りによる三船プロの内部分裂事件が彼の晩年に大きな苦悩と影を与えたことには言及されていなかった。70年代の初頭までは昇る一方だった人生が、70年代後半から下り始めるのだ。頼ってくるものは迷わず助け、常に全力で仕事に立ち向かってきた三船敏郎に、なぜこんなにも過酷な急降下が待っていたのか…。東宝に何を言われても、自分の映画製作会社など作らなければ良かったのに、と思わないわけにはいかないけれど、そういう説得を受けたら、結局は引き受けて頑張ってしまわないわけにはいかないのが、この人のさだめだったのだろう。
最晩年にはアルツハイマーを患っていたことも語られていた。セリフが覚えられなくなり、カメラの後ろで息子の史郎さんがカンペを持って立っていたという。だが、それを紹介するなら、アルツハイマーになる前は、現場に台本を持ち込まず、セリフは完璧に暗記してから現場にのぞんでいた、というエピソードを紹介するべきである。そういう部分がいちいちマズい。

この映画のまずい編集に比べると、2015年にBS朝日で放映された「昭和偉人伝」の三船敏郎特番は非常に見応えのある特集だった。あれをそのままドキュメンタリー映画にして、スコセッシとスピルバーグの談話を追加して公開した方がよほど良かったのではないかと思う。上映時間が79分というのも短すぎる。もう少し尺をとって、伝えるべきことを落とさずに盛り込むべきだったような気がしてならない。映画のラストを黒澤明からの三船への弔辞の一節で締めくくったのだけは良かったけれど。(あの弔辞はいつ、何度読んでもグッと来る)
しかしながら、そうして、せっかく黒澤の弔辞をシメにもってきているにもかかわらず、最後の最後に阪妻の無声映画の奇妙な1シーンを挿入して余韻を台無しにする。それは武家屋敷の塀に立ち小便をする町人の前を通りながら、阪妻演じる若い武士がひょろひょろと頼りなくそのまま立ち去っていくという妙なシーンで、あんなものを末尾に付け加えたことの意味が全く分からない。総じて古いチャンバラ映画の映像は不要に感じたし、演出意図の分からない編集もあり、すごく期待していたので何やら残念な仕上がりという感想になってしまった。

けれども、こういう作品が三船敏郎の没後20年経って作られたということには意義があったと思う。
晩年に何があったにせよ、三船敏郎が黄金期の日本映画を背負って粉骨砕身の奮闘をし、その存在感と演技、容姿が世界中を魅了し、黒澤ー三船のコンビ作は世界の映画史に燦然と刻まれる名作群を生み出した。三船敏郎は日本の誇るアクティング・レジェンドなのだ。そのことが、若い世代にもしっかりと伝えられ、この先もずっと語り継がれ、三船敏郎の映画が未来永劫、鑑賞され続けていくことこそ、何よりも大事なことなのだから。

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コメント

  • 2018/06/19 (Tue) 07:44
    すっごいわかりやすいレビュー

    ありがとうございます(^∇^)観るか迷ってましたがやめます(^_^;)
    三船敏郎好きすぎて映画観すぎて最近うちの6歳の息子も三船大好きになっちゃいました‼

  • 2018/06/21 (Thu) 19:55
    Re: すっごいわかりやすいレビュー

    こんにちは。
    これはあくまでワタシの主観ではありますが、劇場でわざわざ見る必要はないかと思われます。TVなどで放映されたら見る、という感じで十分かな、という感じではあります。

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