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「T2 トレインスポッティング」(T2 TRAINSPOTTING)

−時代は移り変わっても、人はなかなか変われない−
2017年 英 ダニー・ボイル監督



昨年、これが封切られた時に、行こうかなとチラと思ったのだが、どうしても劇場で見なければ!という種類の映画ではなかったので、そのうちWOWOWにでも降りてきたら見よう、と「先送り」にしていた。このほど放映されたので予定通り鑑賞してみた。
それにしても、前作は1996年だったのだっけ。いつの間にやら20年も経っていたのだねぇ…。


前作が封切られた頃、友達と出くわすと「トレインスポッティング見た?」というのが挨拶代わりになっていた。とりあえず見とかなきゃ!という感じだった。あの頃はウォン・カーウァイ作品など、封切られたら「とりあえず見とかなきゃ!」な映画がけっこうあった。最近は殆どそういうものを感じない。ワタシの感性が鈍ったのか。魅力ある作家や作品が減ったのか。両方なのか。単にワタシが年を取ったということなのか(笑)

で、このT2はどうだったのかというと、ガッカリさせられずに済んだ嬉しい続編だった。映画としてのトーンが前作と同じで違和感がなかった。この20年の間には、ダニー・ボイルユアン・マクレガーが不和になった時期もあり、それが、続編がこんなにも遅くなって制作されたという理由でもあるのだろうが、却って20年という歳月が流れた分、社会の閉塞感の中でクスリに溺れていた若者たちが、歳月なりにオッサンになったものの、結局なにひとつ変わらない(変われない)姿を見ていて感じるほろ苦感のほろ苦加減が、ほどよく出汁の染み込んだおでんのように、ちょうど頃合のあじわいを作り出していたと思う。

年齢だけは重ねても中身は殆ど(全く)変わっていないレントン、スパッド、サイモン(シックボーイ)、ベグビーの、永遠にさまよい続けている状態が、昔の面影を残しつつもそれなりにちょっとだけオッサンにもなっている姿に表現されている。主役の4人は可能な限り、ヘアスタイル(ユエン・ブレムナーのスパッドには殆ど髪がなくなっているが)も昔の雰囲気を醸しだして登場する。尤も、ベグビー(ロバート・カーライル)のみはゴマシオ頭で掛け値なしのオッサンになっていたため、出てきた時に、これ誰???という感じではあったのだけど(笑)

ユアン演じるレントンは、冒頭のタイトルバックでは、ロン毛で少し肉付きもいい状態で現れる。ランニングマシーンで走っている最中に発作を起こして倒れる。微妙にオッサン臭い印象だ。
その昔、レントンは仲間で山分けするはずだった大金を持ち逃げして長らくオランダで暮らしていたが、心臓発作を起こしたのち、故郷のスコットランドに舞い戻ってくる。戻ってきた時には髪は短くなっており、少しレントンらしくなっていて、少し若々しくもなっている。演出が細かい。



レントンはまずスパッドを尋ねるが、離婚で人生に絶望しかけていたスパッドを偶然救うことになる。相変わらずのジャンキーぶりで体力が落ちきっているスパッドをレントンが強引に連れ出し、生まれた町が一望できる崖の上までジョギングするシーンは、スコットランドの風景が目を見張るほど美しく、20年もの空白期間を挟みつつも子供の頃と変わらない二人の友達関係が微笑ましく、この映画の中でもっとも美しいシーンだと思う。レントンにジョギングに連れ出してもらって「ありがとう」と言うシーンは、スパッドの気のいいところが端的に表れていて、思わず頬がゆるむ。



スパッドとは、そうやってすぐに親交を取り戻したが、シックボーイことサイモン(ジョニー・リー・ミラー)には、少しぐらいは殴られないわけにもいかない。が、積年のうさ晴らしをちょっとしただけで、サイモンもあまりいつまでもレントンを怒りはしない。通過儀礼のようにレントンを殴ったあとは、あっさりとマブダチに戻ってしまうのである。そして自分の怪しげな美人局業の片棒を担がせようと目論んだりする。スパッドはおろかサイモンまでもが結局のところレントンが好きなのだな、となんだかニヤリとしてしまうのだが、荒ぶる魂・ベグビーに対してはそういうわけにはいかない。



ベグビーはなんと殺人罪で服役中だったのだが、一計を案じて脱獄。レントンが舞い戻っていることをふとしたことから知り、復讐のためつけ狙う。この男に対しては、笑ってごまかすなどという選択肢はないのである。
直情径行で暴力に訴えないではいられないベグビーに、大学進学を目指す息子がいるというのが笑えるのだが、まさに親があっても子は育つ、の典型かもしれない。「俺の時代には選択肢なんてものはなかった。大学もホテル経営学も選べなかった。俺の親父は酒浸りで、俺は無学だ」と述懐したベグビーが、息子に「お前は俺たちを超えていけ」と言う。取り返しようもない時間と時代の堆積は、ベグビーの人生にもっとも顕著に表れているのかもしれない。恥ずかしい親父を持った息子の悲哀を自分の息子にまで味わわせてはいけないと、ベグビーはやっと気づくのである。



それにしても、何年たっても、心臓発作で倒れたりしても、他人の金、他人のもの、他人の女を要領よく盗むことに妙な才能を発揮するレントンの、三つ子の魂百までっぷりがいっそ痛快である。サイモンが美人局に使っている年若いブルガリア人の出稼ぎ娼婦ベロニカ(アンジェラ・ネディヤル)を一目見るなり気に入ったレントンは、サイモンの目を盗んで早速彼女に近づく。



美人局で脅迫した相手から訴えられたサイモンに、弁護士を手配してくれと頼まれたレントンが向かうのは、かつてのガールフレンド、ダイアン(ケリー・マクドナルド)のところだというのもナイスである。ダイアンを演じるケリー・マクドナルドもショートボブで、少し落ち着いたけれども、そこはかとなく前作を彷彿とさせる面影がある。前作ではまだ女子高生だったっけ。制服を着てキュートだったし、ユアンと同じぐらいに作品の魅力を担う存在だったと思う。ユアンやジョニー・リー・ミラーなどはこの続編のキーパーソンだが、ワンシーンしか登場しないケリー・マクドナルドのダイアンを見た時に、なんだか一番、前作を思い出して懐かしく感じた。レントンがクラブで初めてダイアンを見初めるシーンはいまだによく覚えている。


弁護士になっていたダイアン


レントンと出会った頃のダイアン

レントンに勧められてボクシングを始めたスパッドがジム通いを始めるシーンでは、画面は突如モノクロになり、BGMに「カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲」が流れる。スパッドがレイジング・ブルになった気分のシーンが良い。
トレーニングになったのかどうなのか微妙な練習を終えたスパッドがジムから出てくると、そこはかつて悪さばかりしていた自分たちが走り回っていた通りであることに気づく。若かった20年前のレントンがスパッドの前を走り抜けていく。思わぬフラッシュバックにしばし呆然と道端に佇むスパッド。40代半ばから後半になると、未来はあまり目を向けたくないものになり、過去の堆積に目がいくようになるということか。レントンたち4人にとって、そこは生まれ育った町で、町のどこにでも子供の頃からの記憶がしみついているのだ。作品中には折々、小学生ぐらいのレントンやサイモン、ベグビーが無邪気な笑顔を見せるシーンが挿入される。生まれ育った町に大人になっても住んでいたら、あるいは、そこを離れて暮らしていても、生まれた町に戻った時には、人はやはりふとした折に、見覚えのある故郷の景色に遠い昔のある一刹那の光景を思い起こしたりするものなのだと思う。

ふたまわりは若そうなベロニカにレントンとサイモンは昔の話をして二人で勝手に盛り上がる。完全なオヤジ状態である。人は大人にはなりきれなくても、オヤジやオバちゃんには易々となってしまうものなのだ。物悲しい(笑)



レントンが80年代の薬物撲滅キャンペーンのスローガンだった「人生を選べ!」という言葉をベロニカに説明していて、だんだんと現代ネット社会への皮肉や批判になっていくあたりに、ダニー・ボイルの警句が秘められているし、レントンが斜に構えつつもつい本気になって人生について若いベロニカに本音を語ってしまうシーンでもある。

レントンとサイモンは小さな悪さをする時にはつるむが、互いに相手を出し抜いてやろうとスキをうかがう関係でもある。そんな彼らに対して、不器用なお人好しのジャンキーながら、砂金のようにかすかに光る何かを漂わせているスパッドが本作の良心でもあり、癒しでもある。それは観客にとってもそうだし、ベロニカにとってもそうなのだ。…それにしても、スパッドに文才があったとは恐れ入った。「トレインスポッティング」はスパッドが綴った物語、という設定であるのだね。



刑務所が第2の我が家になりそうなベグビーは言うに及ばず、小狡く立ち回っていたレントンやサイモンも結局のところ虻蜂取らずで何も変わらず、スパッドだけが自分も気づかなかった文才が開花して思わぬ成功を手にする…かもしれない、というのはなにがなし痛快でもある。

ベロニカは去り、金は手に入らず、完全に振り出しに戻ったレントンは、20年前と全く変わらない実家の自分の小さな部屋に戻る。そして再びステップを踏み始める。あれは、この先も1mmも自分を変えずにこれまで通りにやっていこうという、レントンの意思表示ではないかと思う。

ユアン・マクレガーダニー・ボイルが仲違いをしていなければ10年以上は早く作られていた可能性もある続編だけれど、10年前じゃなく、今作られたのが「トレインスポッティング」の続編として、却って良かったような気がする。主要キャラの男たちの程よいくたびれ具合が、心地よく映画のメッセージを伝えてきた感じがした。



2000年にダニー・ボイルが監督した「ザ・ビーチ」の主役をユアンに頼むと言っておきながら興行上の理由からレオナルド・ディカプリオに変更した件で、長らく関係がこじれていたボイルとユアンだが、だいぶ後になってからその際のユアンへの不義理をボイルが詫びたことで関係が修復され、ひいては本作の制作も可能になったという経緯を踏まえてみると、これはダニー・ボイルからユアン・マクレガーへの最高の詫び状でもあり、せつせつとしたラブレターでもあるような気がする。

T2を観るにあたって、特に前作を見返したりはしなかったが、続編を見ながら、ああ、そうだったっけ、こういう事もあったし、ああいう人もいたっけね、などと何となく思い出しながら見ていくのもそれなりに楽しかった。

コメント

  • 2018/02/07 (Wed) 22:00

    T2トレインスポッティング、昨年観よう観ようと思い機会がなく観ず終いでした。
    20年前の前作の時は丁度イギリスに住んでいて、一大ブームでしたし、その後ユアン・マクレガーとロバート・カーライルが人気者になり、英国でのインディペンデント色の強い映画が面白くなってました。
    ロバート・カーライルのフル・モンティなんかチャールズ王子までイベントに参加してましたからね。
    ユアンが出てきた時は「時計仕掛けのオレンジ」のマルコム・マクダウェルみたいな役者が出てきたなと思ったものです。
    この映画以降の彼はマルコムとは全然違いましたけどね。
    そうですか、あれかり20年ですか。
    そして期待を裏切ることなく、相変わらずの話でしたか。余計観たくなりますね。
    近々DVDで観よう。
    英国ではアノ映画を「地(じ)」で行く輩がいますからね。そして映画じゃないけど、20年後も相変わらず同じことしてる中年なんかザラにいますから面白い。

    • Sanctuary #V0sVL5lk
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    • 編集
  • 2018/02/08 (Thu) 22:07
    Re:

    Sanctuaryさん こんばんは。
    行こうと思っていたけど映画館には行かなかった、行けなかった、という人は割にいるかもですね。まぁ、本国UKのみならず、前作が封切られた頃には、ものすごい勢いで流行りました。そういえば「フル・モンティ」も話題になりましたわ。ワタシはあれ以降ロバート・カーライルを観ていなかったので、今回のおっさんぶりにはちょっとびっくりしました。ユアンのデビュー当時はマルコム・マクダウェルにちょっと近い空気感もありましたね。確か「シャロウ・グレイブ」のレビューにユアンの演じたキャラが「時計じかけのオレンジ」のアレックスに近いという事を書いた覚えがあります。

    これは、前作の続編としては上出来の部類じゃないかと思います。きっと前作のファンをガッカリさせないという事を一番念頭においてダニー・ボイルは映画を作っただろうので。

    英国じゃなくても、20年たっても何も変わらない人間は沢山いますわ。かくいうワタシも前作を見た頃と殆ど変ってないようです。成長できない族ですわ(笑)

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