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「ある日どこかで」(SOMEWHERE IN TIME)

ージョン・バリーのメロディと時空を超えたロマンスとー
1980年 米 ジュノー・シュウォーク監督



先日、グレース・ケリーのドキュメンタリーを見ていたら、BGMに大好きな映画音楽が2曲使われていた。
映画自体よりも、テーマ音楽が好きなのでその映画のタイトルを記憶している2曲が、ドキュメンタリーの中でとても効果的に使われていた。それは「愛と哀しみの果て」と「ある日どこかで」のテーマ曲。この2つの曲は、どことなく曲想が似ているが、さもありなん。双方ともジョン・バリーの作曲である。このうち「愛と哀しみの果て」(Out of Africa)の方は随分前からワタシの愛聴ミュージックの1曲としてiTunesに入れてあるのだけど、「ある日どこかで」(Somewhere in Time)は暫く忘れていたので、久々に聴いたインパクトが大きかった。ついでに久々に映画も観ようかというわけで「ある日どこかで」を鑑賞。古典的なロマンスSFで、何を今更的な映画ではあるのだけど、ジョン・バリーのテーマ曲にぴったりな映像と内容で、主演の二人のキャスティングも(今更に)パーフェクトだなぁ、と完結した世界観に心地よく浸った。

本当は、久々の映画記事として「ブレードランナー2049」をUPしようと思っていたのだけど、この映画は友人知人らと観に行く約束をしており、行こうと決めた日に誰かの仕事の都合で延期になる、という事を繰り返していて、残念ながらまだ観ていない。公開終了にならないうちに行かれるとよいのだけど…。

そんなわけで、劇場ではなく、おうちシアターで何か観ようかとビデオ・オンデマンドのタイトルを漫然と見ていたら、「ある日どこかで」が入っていた。これはもう見ろということだなと思って、見ることにした。



1980年制作の映画なので、今は亡きクリストファー・リーヴも非常に若い。ちょっとググってみたら「スーパーマン」に抜擢されてブレイクしたすぐ後ぐらいの映画らしい。クリストファー・リーヴの端正極まる顔を見ていると、ふと脳裏にある若者の顔が浮かんだ。テニスを見ない人は誰もご存知ないと思うが、若手の有望株に、ギリシャ出身のステファノス・ツィツィパスという選手がいる。身長193cm、さすがギリシャ人というべきかアドニスのような美青年で、ルックスと実力を兼ね備えた稀少種なのだが、若き日のクリストファー・リーヴは、このツィツィパス君によく似ているのだった。


ツィツィパス君

実は、あまりにカッチリと端正すぎてクリストファー・リーヴには昔からさっぱり興味がなかったワタシなのだけど、それを今ドキのイケメン風味にした感じのツィツィパス君は、テニス選手としての将来性とあいまって、性格も可愛らしい良い奴っぽいので、けっこうお気に入りだ。
なんだかそのツィツィパス君が映画の中で芝居をしているのを見ているような不思議な気分に浸りつつ、久しぶりにロマンティックな小品、という感じのこの映画を鑑賞した。


以前見た時にも思ったが、女性(ジェーン・シーモア)の時代が1912年で、青年劇作家(クリストファー・リーヴ)の時代は1980(1972)なのだが、女性の装束が19世紀的で、彼女の時代が些か古すぎるような気がするのである。1920年代半ばぐらいで良かったのではないかと思ったりするのだが、それはワタシが2017年的視点で見るせいだろうか。それとも、制作サイドがあえて1910年代初頭という時代にすることで、よりクラシカルなムードを醸し出したかったからだろうか。…まぁ、そっちかな。1912年は日本でいうと大正元年、1980年は昭和55年だから、年代的にはギリギリOKな設定だろうか。



冒頭、学生だった主人公(クリストファー・リーヴ)の前に謎の老婆が現れて「帰ってきて」と彼に囁くのだが、この老婆のロングドレスが20世紀初頭というよりも19世紀末という感じで、時が止まっている感じを表現する演出でもあろうが、効果的でもあり、異様でもある。
この時、老婆は85歳になっており、その晩亡くなる。物語が本格的に始まるのは、その8年後の1980年で、プロの劇作家になった主人公がスランプに陥り、締め切りを放擲して車で小旅行に出て、一泊だけのつもりでその地のグランドホテルに泊まる。ホテルの歴史ホールで1枚の女性の肖像写真を見た劇作家は、彼女の面影が脳裏を去らなくなり、彼女について調べまくった挙句、あの老婆だと知る…というわけで、そこから時空を超えたラブロマンスが展開する。



劇作家が時空を超える手法などは、理系の理屈屋さんが見たら噴飯物かもしれないが、まぁ、ロマンス映画だからいいんじゃないかと思う。あまりこうるさい事を言ってもね。

クリストファー・リーヴは正しすぎるほどの端正な顔がクラシカルな設定に合っているし、とにかく若いので、折々可愛い。恋に取り憑かれて、写真の女性を調べたり、物思いにふけったり、彼女の時代に行くためにあれこれと暗中模索するシーンの若々しさや初々しさ、長い脚で元気に歩く様子などを眺めていると、その後の数奇な運命…落馬事故で脊椎を損傷し、生涯車椅子の人となり、52歳の若さで世を去ること…を思って、何やらしんみりとした気分になる。ワタシが事故の前のリーヴを映画で最後に見たのは「日の名残り」のアメリカ人実業家役だったと思う。事故に遭わず、今も元気だったら俳優兼プロデューサー兼映画監督として、いい仕事をしていたのではなかろうか。
全く、人生や運命というのは一言では言い表せないものがある…。





肖像写真1枚で後世の若者を虜にする舞台女優のヒロインにジェーン・シーモアというのは、本当にうまいキャスティングだと思う。
彼女は案外と小柄で胸も薄く細身で華奢なのだが、そういう体型や19世紀の肖像画にありそうな顔立ちが、この役にピッタリだ。大ぶりなポンパドールが、その顔立ちによく似合っている。日本人だったら、細身の大正美人ということで、お金のかかった和服をくったりと着た、たゆげな柳原白蓮のような感じだろうか。

ワタシがジェーン・シーモアを初めて見たのは、テレビドラマ版の「エデンの東」だった。キャルの母で、全ての因果の発端となる女性を演じていたが、あの有名なジェームズ・ディーンの映画よりも、どうしてキャルの父があんなに頑なになってしまったのか、そのいきさつが、父親の若い時代から描かれているのでしっくりと腑に落ちたし、のちに淫売宿を経営するキャルの母が、若い頃はいかに美しく魅力のある女だったかも、よく分かるように出来ていた。ジェーン・シーモアは男の心を鷲掴み、生涯、影響を及ぼすようなタイプの女がハマるなぁ、と思って見ていた。「ある日どこかで」は、このドラマより1年早く作られているのだが、ワタシがこの映画を見たのはもっと後で、テレビの深夜映画の枠か何かで見たのだと思う。



彼女の登場シーンは全て紗がかかって、いやが上にも夢見るようにロマンティックに撮られている。ジェーン・シーモアもラッキーな女優だな、と思う。まさに、本作のヒロインの舞台女優のように、この映画があるだけで、ジェーン・シーモアは女優として不滅の命をもらったようなものである。彼女は今でもTVドラマによく出演して、還暦を超えたとは思われない若さと美貌を保っているが、女優として「ある日どこかで」のような企画にあたり、小品ながら映像、音楽、キャスティングと3拍子揃った作品に出演することができたのは幸運以外の何物でもないだろう。今はまだ若さを保って現役で仕事をしていても、いずれ彼女も本格的に老いるし、いつかは鬼籍に入る日もくるのだろうけれど、「ある日どこかで」の中では、彼女は永遠に美しく、ロマンティックな姿のままである。しかも、作品としてもカルト的な人気を誇り、不滅の生命を得ているのだから、まさに女優冥利に尽きるだろう。



ロマンスの舞台となる1900年代初頭からあるクラシカルな湖畔のホテルの佇まいや内装、ホテルで一生を送る、生まれながらのホテルマンである「アーサー」との関わりなど、ロマンスと関係ない部分でも小味な描写があって、いい感じに和む。
今回、久々に観て、劇作家が思いつきでホテルに投宿し、歴史ホールで女優の写真を見るまでが、けっこう丁寧に描写されているのに気が付いた。

また、ヒロインのパトロン役でクリストファー・プラマーが登場。ロマンスグレイで、優雅にテイルコートを着こなしつつ、恋する二人の邪魔をするキザで小憎たらしい紳士をいかにもな感じで演じている。プラマーは晩年、爺さん俳優としてかなり売れっ子だったので、爺さんになってからの印象が強いが、この時は初老ぐらいな感じで(つまり、まだけっこう若い)、ピグマリオン衝動に取り憑かれた男にハマっていた。

また往年の女優系では、テレサ・ライトが、舞台女優の晩年に身近に仕えていた女性役で出演していた。地味ながら、テレサ・ライトの起用も物語の雰囲気作りに一役買っていると思う。

クラシカルで優美な映像に被って流れるのは、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲 作品43 第18変奏」と、ジョン・バリー作曲の珠玉のメロディである。抜かりない。こぢんまりとした映画ながら、丁寧にゆるぎなく世界観を構築している。それにしても、ジョン・バリーの音楽は、なんと映画の主題を盛り上げていることか。ジョン・バリーの曲が、映画の雰囲気をいやがうえにも押し上げ、映画の格も何段か持ち上げている。主演の二人も、いやがうえにも輝いて見える。この音楽が付いていなかったら、どんな仕上がりになっただろうか。この音楽が背後に流れているからこそ凡庸な筋立ても気にならず、映画として永遠の生命を得たのだと思う。

そして今では、人生に一度あるかないかの大恋愛の情熱に衝き動かされる青年を生き生きと演じるクリストファー・リーヴの姿がフィルムに焼き付けられている事が、ジェーン・シーモアの古風な美しさを永遠に留めている事とあいまって、この映画を特別なものにしていると思う。



洋の東西を問わず、強い障壁に阻まれた大恋愛が成就するには、命を捨ててあの世で結ばれるほかはない、というエンディングになるのは定石だな、と思いつつも、劇作家が再び過去に戻って彼女と再会してハッピーエンディングでは(コメディならともかくも)話として台無しだし、収まるべきところに収まった心地よさを感じた。
そしてやはり、ジョン・バリー作曲のエンディングテーマがじわじわ、しっとりと鑑賞後の気分を包んでいくのである。

上質なロマンティック映画をたまに観るのも悪くないな、とエンディングテーマをうっとりと聴きながら思ったワタクシであった。

コメント

  • 2017/11/22 (Wed) 09:17
    かつての…

    今回の映画とは関係ない話で申し訳ないのですが。
    Jake Gyllenhaal主演の「ノクターナル・アニマルズ」ご覧になりましたか?
    劇中のJakeは9割髭もじゃギョロ目ですが、残り1割はかつてのsweetなJakeのままで驚きました。どうやら髭の中に隠していたらしい(笑)
    映画は陰惨なのに上品という不思議な作品で、とても良かったです。
    まさにbreath taking という表現がぴったりの、振り向きざまのJakeだけでも一見の価値あり。
    機会がありましたら、ぜひ。

  • 2017/11/23 (Thu) 21:28
    Re: かつての…

    一花さん こんばんは。
    別にどこにコメントをいただいても構いませんよ。お気になさらず。
    「ノクターナル・アニマルズ」、観ようかどうしようかと思っていたんですが、コメントをいただいて、シャンテのタイムテーブルをチェックしたら、非常に行きづらい時間割になってしまっていたので、劇場鑑賞は見送ることにしました。そのうち契約している映像サービスのどれかで観られると思うので、その時にはチェックしたいと思います。
    そうですか。残り1割にかつてのsweetなJakeが残ってましたか。 振り向きざまのJakeを楽しみにしたいと思います。
    情報、ありがとうございました。

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