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「Maiko ふたたびの白鳥」(Maiko: Dancing Child)

—白鳥の湖とナニワのど根性—
2015年 ノルウェー オセ・スベンハイム・ドリブネス監督


(http://www.maiko-movie.com/maiko/index.html)

ノルウェー国立バレエ団のプリンシパル(プリマ)として活躍する初のアジア人であるバレエダンサー西野麻衣子を、ノルウェー人の監督が撮ったドキュメンタリー。
TOPとして数々の演目で主役を踊りつつ、女性としては出産して母にもなりたいと願い、産休明けの復帰公演に敢えて難役に挑み、出産前の状態に戻るために努力する彼女の姿を追っている。随所に女性監督らしい視点を感じる作品。
昨年、ミニシアター系で公開されていたらしいのだけど、今年になってNetflixで観賞。

昔から不思議に思っていた事があるのだけど、民族的に欧米人にくらべると胴長短足などの体型的なハンデを抱える日本人にはあまり向いていないのではないかと思ってしまいがちなバレエだが、何故か折々、世界的に活躍する日本人ダンサーが現れる。十代のダンサーの登竜門であるローザンヌのバレエコンクールでは、日本人の少年少女が、よく優勝したり、2位や3位に入賞したりしている。日本人とバレエはなぜ相性がいいのだろうか。日本人が体の中に持っている表現の質が、主にクラシックバレエの世界観に合うのだろうか。

本編の主人公である西野麻衣子が海外のバレエ団で活躍できているのは、日本人ダンサーとしては異例な高身長(172cm)がベースにありそうだ。もちろん、ダンサーとしての表現力や演技力、体の動かし方のセンスなど、15歳で留学したロンドンのロイヤルバレエスクールでもTOP層だった実力があってこそのプリンシパルの地位なのだが、幾らダンサーとして実力があっても、160cmちょっとの身長だったら海外ではなく、国内のバレエ団に入ることになっただろうと思われる。高身長だと国内では難しく、平均的な日本人の身長では海外では難しいのは、相手役のダンサーや、群舞のダンサー達と身長が釣り合わず、全体のバランスが崩れるかららしい。彼女自身も幼い頃から欧州のバレエ団に入りたいという願望があったらしいが、まずはその夢が叶う身長に恵まれたのは幸運だった。


(http://www.maiko-movie.com/maiko/index.html)

彼女はメジャーなバレエコンクールで優勝して奨学金を得てロイヤルバレエスクールに留学したのではなく、幼い頃から通っていた家の近くのバレエスクールの外人講師に薦められてロイヤルのオーディションを受け、入学した。だから費用は自費で、両親は彼女の留学費用を賄うため、自宅と車を売り、15歳の娘をロンドンに送り出した。

両親には返し切れない恩がある、と彼女は語るのだが、彼女の親への思いはとりわけ母に向けて熱く、強く、寄せられているようだ。
彼女の母は、100%ナニワのど根性オカン、という感じ。明るくパワフルで常に前向き、というタイプである。そしてずっと「働く母」だったらしい。彼女が生まれて1ヵ月半後には、もう仕事に復帰したという。当時は長い産休が取れない時代だったのかもしれないが、生易しい事ではなかっただろう。そしてこの母は、降る程の愛情を娘に注ぎ、その夢を叶えるためならどんな労力も惜しまないが、娘をけして甘やかさず、チャンスを逃さず貪欲に挑んで掴めば、さらに進歩できるのだ、と教え続けた。

ロンドン留学初期、言葉を覚えるまでは友だちを作るのにも苦労するし、異国で一人きり。当然、孤独に苛まれる。今のようにネット社会で、スカイプで異国と簡単に話ができる時代ではない。家との連絡はハガキか手紙が主で、電話も高額なので滅多にできない。それでもホームシックになって堪らず家に電話をすると、西野の母は「尻尾を巻いて戻って来るなんて許さない」と叱咤激励した。もしも甘い過保護な母親で、そうか、よしよし、そんなに辛いなら帰って来なさいと娘に言っていたら、その後の彼女はなかったわけである。彼女が負けず嫌いで頑張り屋で自分に厳しいのは、この母のDNAと叱咤激励の賜物なのだろう。尤も、親が家まで売って作ったお金で留学していれば、西野麻衣子でなくても不退転の決意で臨まねばならないだろうけれど…。

***
西野麻衣子が妊娠して安定期に入ってから、大阪に里帰りするシーンがある。あの、コテコテのナニワの中心地があれこれと画面に映る。西野母娘はそのコテコテな背景にしっくりと馴染んで見える。ノルウェー国立劇場の舞台で優雅に白鳥を踊る西野麻衣子のバックボーンに、このアジア的活力に溢れた大阪という土地と気質、そしてそこに住む活力に溢れた母があるという事が、よく伝わってくるシーンだ。それが、このドキュメンタリーの肝とも言える部分かもしれない。

結婚した彼女が子供が欲しいと思い立ち、子供を産んでもバレエダンサーとしての自分も諦めないことを当然のように選択したのは、ずっと働いてきた母の姿が内奥にあったからなのだろう。彼女の中には常に揺るぎない指針として、その母の生きざまと、ものの考え方が大きく影響しているようだ。

子供を持ちたいと思ったら、待っていても仕方がない。ずっと公演が続くバレエダンサーは好機を見計らおうと思っても埒があかない。産休を取るのは恐いが、子供を産むなら今しかない。時が来たら、先に進むしかないのだ、ときっぱりとした口調で言う西野麻衣子。その決断力と潔い思いきりは、やはり、その母が彼女に授けたものなのだろう。


(http://www.maiko-movie.com/maiko/index.html)

そして、西野麻衣子のボディは何よりも雄弁に彼女のありようを語っている。
妊娠しても子供を産んでも、少し太くなったのはお腹廻りだけで、それもあっという間に引き締まり、無駄肉の一切ない、細いけれども鍛え抜かれた強靱なその体は、アスリートとしての厳しい美しさに満ちている。その肉体を美しく維持し、ひとつひとつの筋肉を意のままに動かせる状態を保つのは、強靱な意志の力以外のなにものでもない。そうやって最高度にシェイプされた体は、やはり観ていて目に快いし、純粋に美しい。意志を感じさせる肉体は美しいのだ。

そして、出産後の復帰作に、体力的にも厳しい「白鳥の湖」を選ぶというハードルをあえて自らに可すのも、この人らしい決断だなとドキュメンタリーを観ていて思った。彼女は望む事を実現するためにできる限りの努力をする。必死にやる。しかし、周囲がとても無理だと判断したら、代役をたてられても文句を言わずに受け入れる覚悟も出来ている。つまり、肚が座っているのだ。
彼女が妊娠する少し前に着任した新任の芸術監督の女性は、出産後の彼女が白鳥の湖を無事に踊れるかどうか、かなり不安だった様子も伺える。それも無理はなく、一日でもレッスンを休むと感覚が鈍るというバレエダンサーが、出産により2ヵ月以上もレッスンから遠ざかった状態から復帰して、難役の舞台に挑むというのだから不安だろう。しかも、西野麻衣子は復帰舞台の最終レッスンの時まで、黒鳥パートの目玉である32回転を廻り切れない—半分の16回転にも至らずに回れなくなる状態だったのだ。一座のスターが無事に役をこなせない時は、若いダンサーのチャンスである。
ライバルたちは自分より遥かに若く、出産した自分より体のコンディションもずっといい。だから、復帰するためには猛烈な努力をしなくてはならない。猛烈な努力をするためのモチベーションを生むには、あえて難役に挑むしかない。第一線で若いダンサーと競うことは、ダンサーとしての自分を向上させるためのトリガーなのだろう。闘争心と向上心が燃え盛っていなければ、トップでいることなど出来ない、と彼女はドキュメンタリーの冒頭で言っている。

まだ産休中であるにも関わらず、誰もいない稽古場に乳母車を持ち込み、時折泣く子をあやしながら一人で少しずつウォーミングアップを始めるシーンは興味深い。出産で体のバランス感覚が崩れ、回転が巧くいかない。何より白鳥のつもりでポーズをとってもアヒルのように見えてしまい、「これじゃアヒルか…」とぽつっと呟く姿に思わず笑ってしまったりしつつも、これがいわゆる、「人には見せぬ水鳥の足」の部分なのだろうな、と思った。

自分で決めた事ながら、大変な努力の果てに復帰舞台を成功させるまでが、一時間とちょっとの時間の中に印象的に刻まれている。大阪から娘の晴れの復帰舞台を観にきた母が、ホテルで訪問着の身支度をするのと、娘が舞台化粧を終え、白鳥の姿に変わっていくのが交錯する演出も面白いが、最終の舞台稽古でも回れなかった黒鳥の32回転を本番で見事に回ってみせるシーンはやはり圧巻だ。回転する彼女を見ながら思わず1…2…3…と数を数えてしまったが、しっかりと32回、回っていた。これぞナニワのど根性である。


(http://www.maiko-movie.com/maiko/index.html)

オフショットとして、彼女の家庭での様子や、国立オペラ座の舞台監督である夫との信頼感に溢れた関係性などもさらりと描かれていて良かったが、彼女の住む部屋のいかにも北欧風にシンプルで住みやすそうな佇まいや、大柄で優しそうな夫が育休をとって舞台復帰する彼女を支える様子など、いい環境に恵まれているな、と思うし、そういう環境を自ら選び取り、つかみ取っているのも彼女の才能の一部なのだろうな、という感じがした。

バレエスクールを卒業したあと、欧州のバレエ団のオーディションを幾つか受けた中で、その地に降り立ったときから、何か特別なものを感じたというノルウェー。その国立バレエ団のオーディションを受け、19歳で入団。24歳でチャンスを掴み、プリンシパルとなり、現在にいたる。 ー彼女はなぜ北欧を選んだのか。

北欧のバレエ団は規模が大きすぎず、しかも、国からの援助がしっかりある、という事で、キャリアを積みながらカンパニーとともに育っていかれるのが魅力だったらしい。また、ノルウェーの男性はイクメンが多く、家事や育児を分担することを当然のように考えているので、女性は子供を生んでも仕事に復帰しやすい環境であるらしい。子供を生んでも仕事は続けたい、母であることと両立させたい、と思っていた彼女が北欧を選んだのは、まさにスタートから大正解だったのだろう。

そういう、自分にとって最適の場所や人を選び取る能力と、目標を立てたらそこに向かってたゆまず努力する強靱な意志、そして、勿論、優美な手足の動きと表現力、そして潔い決断力…それらが彼女を北欧の国立バレエ団のプリンシパルに押し上げ、出産後もその地位に留まらているのだろう。

西野麻衣子というダンサーの生き様やありようにカタルシスを覚えると共に、ノルウェーのオスロと日本の大阪という「二都物語」のギャップの大きさと、そのどちらもが西野麻衣子にとって欠かすことのできない、非常に重要な要素なのだという事が、このドキュメンタリーを一層、興味深い作品にしていた。

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